相続

はじめに

「子どもがいるから、何もしなくても相続は大丈夫」

そう思っていませんか?

実際のご相談では、

・子どもとは長年疎遠。

・それでも「本当は大切に思っている」気持ちはある

・でも、全てを子どもに残すのには抵抗がある

こんな複雑な思いを抱えて、遺言の相談に来られる方もいらっしゃいます。

今回は、ひとり息子と疎遠になっている70代の女性からのご相談事例をもとに、「遺留分」と「公正証書遺言」について、できるだけやさしくお話ししていきます。

1.ご相談の背景

ご相談者:Sさん(74歳)

・夫は5年前に他界

・子どもは48歳の息子さんが1人

・息子さんとは20年以上ほとんど連絡を取っていない

・自宅(戸建)、預金約700万円、少額の株式あり

・県外に妹さんが1人

・最近、友人の訃報が続き、自分の「もしも」のときが急に不安になった

Sさんの一番の悩みは、

「このままだと、何もしなくても、全部の財産が息子に行きますよね?

それがどうしても腑に落ちないんです……」

というお気持ちでした。

息子さんとの間にはいろいろな経緯があり、

「全てを息子に残す」のは、今の気持ちに合わない。

かといって、ゼロにしてしまうのも、本当にいいのか分からない…。

そんな揺れる気持ちを抱えながら、相談に来られました。

2.「何もしないとどうなるか」から整理する

まず一緒に確認したのは、

「もし遺言を書かなかった場合、どういう相続になるのか」

という点です。

今回のケースでは、法定相続人は息子さん1人だけです。

この場合、遺言がなければ、息子さんがすべての財産を相続することになります。

何もしない=自動的に「全部息子さんへ」

となるので、「全部は渡したくない」と感じているのであれば、

遺言を作成しておくことがとても重要になります。

3.「全部あげたくない」と「全くあげない」は違う ― 遺留分の話

ここで出てくるのが、Sさんがとても気にされていた 「遺留分(いりゅうぶん)」 です。

遺留分とは、

「一定の相続人に、最低限これだけは残してあげてくださいね」

と法律で決められている“取り分の下限”のようなものです。

▷ このケースの遺留分は?

・相続人は子ども(息子さん)のみ

・子どものみが相続人のとき、遺留分の“全体”は遺産の2分の1

・相続人が息子さん1人だけなので

 → 息子さんの遺留分 = 全体の2分の1

つまり、Sさんは遺言で

・残りの2分の1については

 → 妹さん

 → お世話になっているご近所の方

 → 応援したい団体 など

自由に指定することができます。

ただし、もし

「息子には一切あげない」という遺言を書いてしまう

と、息子さんは後から「遺留分を侵害されている」としてお金で請求できる権利を持ちます(遺留分侵害額請求権)。

そのため、

・ゼロにする遺言 → 将来トラブルになるリスクが高い

・遺留分(2分の1)は残す遺言 → 争いを減らしつつ、自分の気持ちも反映しやすい

という違いが出てきます。

💡ポイント

遺留分は「自動で支払われる」ものではなく、

子どもが請求してはじめて問題になります。

とはいえ、最初から遺留分を意識した内容にしておいた方が、

後のトラブルを減らせる可能性が高いです。

4.公正証書遺言をおすすめした理由

Sさんは、

・息子さんとは疎遠

・相続人以外(妹さん・近所の方など)にも財産を残したい

という状況でしたので、

「自分で書く遺言」ではなく「公正証書遺言」をおすすめしました。

▷ 自筆証書遺言と公正証書遺言の違い(ざっくり)

自筆証書遺言

・自分で全文を書く遺言

・費用はあまりかからない

・ただし、方式の不備で無効になるリスクや、紛失・改ざん・隠されるリスクも

公正証書遺言

・公証人(法律の専門家)が内容を聞き取り、文書を作成

・原本は公証役場で保管されるので紛失の心配が少ない

・家庭裁判所の「検認」が不要で、相続開始後すぐに手続きに使える

・2人以上の証人立会いが必要だが、その分「本当に本人の意思で作られた」という信用力が高い

▷ なぜこのケースでは公正証書遺言が向いていたか

・息子さんが内容に不満を持つ可能性がある

・相続人以外の人にも財産を渡したい

・「本当に自分が書いたのか?」と後で争われたくない

こういった状況では、

「専門家と公証人が関わって作った、形式的にも内容的にもきちんとした遺言」

であることが、とても大きな安心材料になります。

5.実際にどんなステップで進めたか

この事例では、実際の相談対応としては、次のような流れでお話ししました。

① 財産を書き出す

・自宅(土地・建物)

・預金

・株式・投資信託など

・その他

まず、「何がどれくらいあるか」を見える化します。

ここが曖昧なままだと、遺留分の計算も、配分のイメージもつかみにくくなります。

② 誰にどのくらい残したいか、気持ちを整理する

・息子さんには最低限の遺留分は残したい

・日頃お世話になっているご近所さんにも、少しだけ形に残るお礼をしたい

・妹さんには、老後や葬儀のことも含めて、迷惑にならない範囲で何かしてあげたい

「正解」がある話ではないので、

相談者さんの気持ちを丁寧に言葉にしてもらう時間がとても大事になります。

③ 必要書類の収集

公正証書遺言の作成には、例えば次のような書類が必要になります。

・ご本人(遺言者)の戸籍謄本

・相続人となる方(息子さん)の戸籍謄本や住民票

・遺贈先となる方(妹さんやご近所の方など)の住民票

・不動産の登記事項証明書・固定資産評価証明書 など

行政書士としては、

・これらの書類を代理で収集するサポート

・公証人との事前打ち合わせ

・遺言内容(原案)の整理・文案作成

・証人の一人として立ち会うこと

などをお手伝いすることができます。

④ 遺言の「中身」と「メッセージ」を整える

遺言の中身は大きく分けると、

①だれに・どの財産を・どのくらい渡すか(財産分けの部分)

②最後に自由に書ける「付言事項」

の2つです。

このケースでは、

・財産分けの部分では「息子さんの遺留分を確保しつつ、残りを妹さんや近所の方へ」といった形を検討

・付言事項では

 「疎遠になってしまったけれど、本当はあなたの幸せを願っていたこと」

 「妹さんへの感謝」

 「自分の人生を振り返って、家族に伝えたいこと」

など、「法律では整理しきれない気持ち」の部分を残すことも提案しました。

6.まとめ:気持ちの整理も、手続きの一部です

今回の事例のように、

・子どもと疎遠

・でも、完全にゼロにしてよいのかは迷っている

・他にもお世話になっている人がいる

というケースでは、

①何もしないと「全部子ども」に行くこと

②遺留分という“最低限の取り分”があること

③公正証書遺言で、トラブルを減らしつつ自分の想いを形にできること

この3つを知っていただくだけでも、

「どうすればいいのか分からない」という不安は、かなり和らぎます。

行政書士としてお伝えしたいこと

遺言作りは、

「誰にいくら残すか」を計算する作業だけではなく、

「自分の気持ちを整理して、形にしていく時間」でもあります。

・遺留分のこと

・公正証書遺言にするべきかどうか

・どこまで相続人以外に残してよいのか

・付言事項にどんな言葉を残すか

こうした悩みを、一人で抱え込む必要はありません。

お悩みの際は、ぜひ行政書士はらしま事務所へご相談ください。

お気持ちから一つ一つ整理していきましょう。