遺言者が亡くなった後、相続人は様々な手続きに直面します。遺言書がある場合でも、その形式や保管方法によって手続きの手間や負担が大きく異なることをご存知でしょうか?
遺言書には主に「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。この記事では、相続人の負担を軽減するための遺言方式の選び方について解説します。これから遺言書を作成しようと考えている方はもちろん、遺言書を受け取る側の相続人にとっても役立つ情報をお届けします。
自筆証書遺言の手続き方法
1.遺言書を自宅などで保管していた場合
自筆証書遺言が遺言者の自宅などで保管されていた場合、遺言の執行前に家庭裁判所での検認手続きが必要です。「遺言の執行」とは、遺言書に書かれた内容を実際に行動に移して実現することを指します。検認手続きは遺言書が改ざんされていないことを確認するためのもので、以下の書類が必要になります。
・遺言者の戸籍謄本:遺言者の出生から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本。
・相続人全員の戸籍謄本:全ての法定相続人を特定するためのもの。相続関係が複雑になるほど多くの戸籍謄本が必要。
・遺言書の原本:検認の対象となる開封前の遺言書。
検認手続きの注意点
検認は遺言書の有効性そのものを保証する手続きではなく、内容が書き換えられていないかを確認するだけのものです。この手続きには通常1か月以上かかり、場合によっては更に時間を要することもあります。また、手続きには家庭裁判所への申立費用(遺言書1通につき収入印紙800円分)や郵送費などの負担が生じます。検認の手続きを経ずに開封してしまうと、5万円以下の過料が科される場合があります。万が一開封してしまった場合でも、執行するためには検認の手続が必要です。
検認が終わった後、遺言の執行をするためには、遺言書に検認済証明書が付いていることが必要となります。検認済証明書の申請には、遺言書1通につき150円分の収入印紙と申立人の印鑑が必要となります。
2.遺言書を法務局に保管していた場合
2020年に施行された「遺言書保管制度」により、自筆証書遺言を法務局で保管できるようになりました。この制度を利用した場合、家庭裁判所での検認手続きが不要となります。ただし、相続手続きを開始するために以下の手続きが必要です。
遺言書情報証明書の取得
遺言書情報証明書とは、法務局が保管する遺言書の内容を証明する書類です。これを取得するには以下の書類が必要となります。
①遺言書情報証明書の交付請求書 (1通につき1,400円の収入印紙を貼り付け)
②遺言者の戸籍謄本:遺言者の出生から死亡時までのすべての戸籍(除籍・改製原戸籍)謄本。
③相続人全員の戸籍謄本:全ての法定相続人を特定するためのもの。相続関係が複雑になるほど多くの戸籍謄本が必要。
④相続人全員の住民票(発行日から3か月以内のもの)
※②~④に関しては、「法定相続情報一覧図の写し(発行日から3か月以内のもの)」があれば省略できます。法定相続情報一覧図とは、法定相続人の住所・氏名・生年月日・遺言者との続柄を一覧化した家系図のようなものです。戸籍を基に一覧図を作成し、その一覧図を法務局が保管します。保管後、申出人は法務局から「法定相続情報一覧図の写し」の交付を無料で受けることができます。 一覧図の写しは、登記や銀行口座の名義変更、相続税申告、年金等の手続きにも利用できるため、一度作成しておくと便利です。当事務所でも代理作成が可能です。
書類収集の負担
遺言者の出生から死亡までの戸籍を遡り、各相続人の戸籍等も必要なため、書類収集に手間がかかることがあります。特に、法定相続人に兄弟や甥姪が含まれる場合等収集が相当負担になります。この場合、行政書士などの専門家に依頼することがおすすめです。
公正証書遺言の手続き方法
公正証書遺言の概要
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成し、法的要件を満たした形式の遺言書です。この遺言書は作成時点で公証役場に保管されるため、紛失や改ざんのリスクが低く、非常に安全です。遺言者には作成後、正本と謄本が交付されます。
検認手続きが不要
公正証書遺言の最大の特徴は、家庭裁判所での検認手続きが不要である点です。このため、相続人は検認に要する時間と費用を省略でき、迅速に遺言執行に移ることが可能です。
正本または謄本の再発行が可能
相続手続きには、遺言書の正本または謄本が必要です。万が一、紛失した場合でも、公証役場で謄本を再発行することができるため安心です。ただし、正本および謄本の再発行については、枚数1枚につき250円の手数料が必要となります。
遺言の作成において考慮したい点
遺言書を作成する際、相続人の負担を重点におくならば、以下のポイントを考慮に入れることが重要です。
- 手続きの簡便さ
相続人にとって手続きが簡便で迅速に進む形式を選ぶことはひとつの重要なポイントです。特に、相続人の手間を省きたい場合は公正証書遺言が推奨されます。
- 費用対効果
公正証書遺言は作成時に公証役場への費用がかかりますが、検認手続きが不要なため、相続人にとっては負担が軽くなります。
- 相続人構成の複雑さ
特に、相続人に兄弟や甥姪が含まれる場合、戸籍収集の煩雑さを軽減するためにも公正証書遺言が有利です。
- 遺言内容の明確さ
自筆証書遺言は形式不備や内容の曖昧さによって無効となるリスクがあります。その点、公正証書遺言は公証人が内容を確認しながら作成するため、遺言の有効性が確保されやすいといえます。
相続人に遺言書の存在を伝える方法
遺言は存在が知られなければ実現されることはありません。遺言の方法によって、相続人に遺言書の存在を伝えるべき方法やタイミングには違いがあります。以下に、自筆証書遺言、公正証書遺言を活用した場合のそれぞれの特徴を説明します。
1.自筆証書遺言の場合
①遺言書の保管場所が自宅などの場合
遺言者が生前に相続人に直接「遺言書を作成していること」「どこに保管しているか」を伝えておく必要があります。遺言者が亡くなった後、遺言書を見つけられなければ、存在自体が知られず遺言が無効になる可能性があるからです。改ざんや紛失のリスクもあるため、信頼できる家族や第三者に保管場所を伝えるのが望ましいです。
②法務局遺言書保管制度を利用している場合
遺言者が指定した方への通知(指定者通知):
遺言者が指定した方への通知は、遺言者が希望した場合に限り実施されます。遺言書保管官が遺言者の死亡の事実を確認した場合に、あらかじめ遺言者が指定した方(3名まで指定可)に対して、遺言書が保管されていることが知らされます。この方法が唯一、生前に相続人等に知らせることなく、かつ相続人がアクションを起こすことなく遺言書の存在を知らせることができる方法となります。
遺言者が生前に伝える:
遺言者は「法務局に遺言書を保管している」と信頼できる相続人や遺言執行者に知らせておくとスムーズです。
遺言書保管事実証明書の交付の請求:
相続人が自筆証書遺言の保管制度を利用しているかどうかは、遺言書保管事実証明書の交付請求によって確認することが可能です。ただし、戸籍謄本や手数料(800円)が必要となるなど手間がかかり、わざわざ調べるとは考えにくいため、指定者通知制度を利用するか、あらかじめ保管の事実を伝えておくのが良いでしょう。
2.公正証書遺言の場合
遺言者が生前に伝える:
意外に思われるかもしれませんが、公正証書遺言には、遺言者が亡くなった後に相続人に遺言書の存在を知らせる制度は現状ありません。そのため、生前に相続人に公正証書遺言を作成したことを知らせておくことが推奨されます。特に、信頼できる相続人や、遺言執行者をお願いしたい方に、正本または謄本を預けておくことが望ましいでしょう。
公正証書遺言の検索システム:
相続人が公正証書遺言の有無を調べるためには、公証役場にて遺言情報管理システムを利用する必要があります。遺言検索の申出は無料ですが、各人の戸籍謄本などの書類が必要となります。こちらもわざわざ調べないと存在がわからないため、あらかじめ作成の事実を伝えておくことがおすすめです。
まとめ
遺言書は、遺言者の意思を反映させ、相続手続きの円滑化に大きく寄与する重要なツールです。自筆証書遺言も法務局保管制度を活用することで手続きの負担を軽減できますが、相続人の負担を最小限に抑えたい場合は、公正証書遺言が最適です。
遺言書を作成する際は、遺言者の意向や相続人の負担を総合的に考慮し、最適な形式を選択することが大切です。また、手続きに不安がある場合や相続関係が複雑な場合は、専門家への相談をご検討ください。
行政書士はらしま事務所では、遺言の作成から実現までをスムーズに進めるためのアドバイスを行います。ぜひお気軽にご相談ください。